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仙台地方裁判所 昭和54年(ワ)1262号 判決 1981年2月10日

原告 商工組合中央金庫

被告 国 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告) 仙台地方裁判所昭和五三年(ケ)第二二二号不動産競売事件について昭和五四年一二月一九日同裁判所の作成した交付表中、原告に対する交付金を元金二九二万〇二〇八円、損害金五二三万四七六二円と、仙台市に対する交付金を元金一二一万三〇三二円、損害金二九万三三〇〇円と、被告宮城県(宮城県自動車税管理事務所、宮城県仙台北県税事務所、宮城県仙台中央県税事務所)および被告国(仙台南社会保険事務所)に対する交付金をいずれもなし、とそれぞれ更正する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

(被告ら) 主文同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  昭和五三年一月三一日原告は訴外住宅産業東北協同組合との間で手形貸付等の銀行取引契約を結び、右組合の組合員である大蔵興業株式会社は右組合が前記銀行取引によつて負担する債務を担保するため、同会社所有の別紙目録記載の土地ほか数筆の土地につき極度額九〇〇〇万円の根抵当権を設定して同年二月八日その登記を経由した。

(二)  原告は右約旨により同年五月一日住宅産業東北協同組合に対し金五二三〇万円の手形貸付をなし、弁済期を同年八月三一日、遅延損害金を年一四・五パーセントの割合とすることを定めた。

しかるに右協同組合は右貸金の元金につき同年一〇月二三日金八五一万五八六七円、同年一二月九日金八六四万四九四七円、合計一七一六万〇八一四円を支払つたのみでその余の支払をしなかつたので原告は右貸金元金三五一三万九一八六円およびこれに対する昭和五三年一二月一〇日から完済まで年一四・五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めて同年一二月一三日仙台地方裁判所に対し、前記抵当権にもとづき別紙目録記載の土地ほか九筆の土地につき競売の申立をなし、同裁判所は同月一五日競売開始決定(昭和五三年(ケ)第二二二号)をした。

(三)  ところで大蔵興業株式会社は自己の公租公課の納入を怠つたため、仙台中税務署は別紙目録中(一)の土地ほか二筆の土地について差押をなし、昭和五四年一〇月頃同目録(一)の土地を公売に付した。

その換価代金は九八〇万円であつたがその配当の際原告の抵当権による被担保債権(以下単に原告の抵当権という)に優先する公租公課の種類、金額および国税徴収法二六条の規定によつて現実に配当された金額は別表1のとおりである。

(四)  その後仙台地方裁判所昭和五三年(ケ)第二二二号競売事件において別紙目録中(二)(三)(四)(五)の土地が代金一〇〇二万円で競落され、昭和五四年一二月一九日の売得金交付期日において同裁判所は別表2のとおり交付表を作成した。

右交付表における仙台南社会保険事務所の請求債権の中には前記公売手続による配当の際原告の抵当権に優先するものとされた右仙台南社会保険事務所の五三七万三二六八円(別表1の3)の債権が含まれていた。

そこで原告は右交付表に対し同日被告国(仙台南社会保険事務所)および被告宮城県(自動車税管理事務所、仙台北県税事務所、仙台中央県税事務所)に対する各交付額の全額につき、被告仙台市に対する交付額のうち二三万九八七〇円につき、それぞれ異議を述べた。

(五)  原告の異議理由は次のとおりである。

国税徴収法二六条の規定によつて仙台南社会保険事務所の債権五三七万余円が原告の抵当権に優先するものとして、私債権に優先する公租公課の総額(別表1における八二八万九八一八円)の一部を構成したのであるから、その限りにおいて右仙台南社会保険事務所の債権は原告の抵当権に対してその優先権を充足させたものというべく、たとえ、その後右優先公租公課の総額から差押先着手主義(同法一二条ないし一四条)の原則によつてこれが他の公租公課に配当され、仙台南社会保険事務所の債権には現実の配当がなされなかつたとしても、その後に行われる別個の強制換価手続において右公課は再びその優先権を主張することは許されないものと解すべきである。

二  被告らの答弁

請求原因(一)(二)のうち、原告がその主張のように大蔵興業株式会社所有の土地につき極度額九〇〇〇万円の根抵当権を設定し、その登記を経由したこと、および原告が仙台地方裁判所に競売申立をなし、主張のように競売開始決定がなされたことは認めるがその余の事実は不知。請求原因(三)(四)の事実は認め、(五)の主張は争う。

理由

一  証人速水亘の証言およびこれにより成立を認めうる甲第一号証の一、二、第二号証によると、原告がその主張のように住宅産業東北協同組合に対し五二三〇万円の手形貸付をなしたことが認められ、その余の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで原告の異議理由について判断する。

(一)  租税債権は原則として私債権に優先する(国税徴収法八条、地方税法一四条)ものとされているけれども、しかし担保物権によつて担保される債権に対しても常に租税債権が優先することになれば担保権を取得することによつて優先弁済権を確保し、自己の債権の保全を目的とする私法秩序に対し混乱を与え、担保付私債権者に不測の損害を蒙らせる結果となる。そのため国税徴収法は一五条一六条によつて納税者が租税の法定期限等より以前にその財産上に担保権を設定しているときは右担保権は租税債権に優先する旨を定めた。

そしてこれは次の理由によるものと考えられる。

即ち法定納期限が到来すると納税者の納税額を把握することが可能となるので私債権者は債務者に課せられる租税債権の存在を予測して担保権を設定することができる。従つて租税の法定納期限の到来した後に設定された担保権がその租税債権におくれても担保権者が不測の損害をうけることにはならないけれども、法定納期限の到来する以前に設定された担保権についても租税債権が優先することになると担保権者は予測できない損害をうけることになる(仮りにこれを予測可能性の原則と呼ぶことにする。)。

(二)  ところで租税と公課との間では国税徴収法八条地方税法一四条によつて租税債権の優先権が認められており、また租税債権相互の間では差押先着手主義、交付要求先着手主義(国税徴収法一二条一三条、地方税法一四条の六、七)によつて配当の先後が決められている。

(三)  このように公租公課と担保付私債権および公租公課相互間の優先劣後の関係を決する基準が異なるため、国税は公課に優先し、公課は担保付私債権に優先し、担保付私債権は国税に優先するというようないわゆる三すくみの状態が生ずることがある。

そして右の三すくみの状態に対処するため国税徴収法二六条は先ず予測可能性の原則を適用して公租公課のグループに配当すべき金額の総額と、私債権グループに配当すべき金額を定め、かくして定まつた各グループに配当すべき金額を租税公課グループ分は租税相互間の優先順位により、私債権グループは私債権相互の優先順位により配当額を定めるものとした。

(四)  本件において中税務署の行なつた公売における配当の際、仙台南社会保険事務所の公課五三七万三二六八円の債権は原告の抵当権に優先するものとして、私債権に対する優先公租公課グループの総額八二八万九八一八円の金額を決定するにつきその一部を構成したものの、実際の配当においては右公租公課グループに配当される総額のうちその大半が原告の抵当権におくれる国税に充てられ、仙台南社会保険事務所の右公課は結局一銭の配当も受けられない結果となつた。

しかし右の結果は国税徴収法二六条所定の調整によつてもたらされる当然の帰結であるから原告としてもこれに対して不満を述べているわけではない。

問題は右公売に続く第二次の強制換価手続(当裁判所の競売)において右仙台南社会保険事務所の公課が原告の抵当権に優先する債権として再度登場するところにある。

(五)  原告は仙台南社会保険事務所の公課は第一次の公売においてその優先権が充足されたのだから第二次の競売においてはもはやその優先権を主張することは許されない旨主張する。

しかし仙台南社会保険事務所の公課は第一次の公売において抵当権に優先する公租公課グループの債権総額を決定するためにその債権額が用いられただけであつて現実の配当をうけたわけではないから、これは消滅することなく存続するのであつて、これが存続する以上その属性として原告の抵当権に優先して配当をうけるべき立場にあることはこれを否定すべくもない。

従つて公課債権からその優先権のみを切離し、これが独立して充足されたとする原告の主張は失当といわなければならない。

(六)  しかし翻つて考えてみると、前記三すくみの状態が生じた場合に本件の仙台南社会保険事務所の公課のように、抵当権には優先するが公租公課グループの中にあつては劣位にあるという公租公課があれば、これを前面に押し立てながら数次の強制換価手続をくり返すことによつて公租公課のグループは結局抵当権におくれる公租公課についてもこれを抵当権に優先してその配当をうけることができるという結果が生じうるのである。

そしてかかる事態は明らかに前記予測可能性の原則にもとるものであるから、このような意味において原告の異議はあながち理解しえないものではない。

(七)  しかしながら

<1>  予測可能性の原則といえども徴税制度における一つの方策として近時立法上選択されたものであつて、これがあらゆる場合を通じて例外を許さないほどの絶対的なものと解すべき根拠に乏しいこと。

<2>  いわゆる三すくみの状態が生じるのは本来強制換価手続における例外的な現象であつて、しかも数次の強制換価手続においてこれが反覆して出現するというのはまさに例外中の例外というべきものであつて、法もかかる事態の発生を予想した規定をおいていないこと。

<3>  一般に租税債権には原則として私債権に対して優先権が認められている(国税徴収法八条、地方税法一四条)こと。

<4>  原告の主張するように強制換価手続において一度で優先権を行使したものはその後の強制換価手続において対立する債権グループに対し再び優先権を行使しえないとの結論を導くには新たな立法的措置を必要とするものと解すべきであつて、法解釈の名のもとにかかる立法作用を営むのは相当でないこと。

以上の理由によつて国税徴収法二六条の規定による調整の際一度優先権を主張したものがその後に行なわれる強制換価手続において再び優先権を主張して登場するのも、好ましくはないが、やむをえないものと考えるのである。

三  以上のとおり原告の異議は理由がないから本訴請求を失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上芳郎)

目録<省略>

別表1・2<省略>

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